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ラティフ監督よりメール
いま、とある90分の台本を書いている途中で、息抜きにメールを見たらアフガンからメールが3通ほど届いていました。1通はラティフ監督からです。差し支えのない箇所だけ抜粋して掲載します。カブールの映画館情報、簡単な映画制作情報です。ご関心あればどうぞ。

Dear Mr. H. Inoue

I hope this email finds you in good health.
  〜中略

Actually you will guess that she is an angel when you watch the movie.
  あの女の子のことです。

I have very good news for you. But I want to make you surprise please wait.
I am going out side of Afghanistan for a chick up and an official discussion.
  ちょっと気になる文章ですが、相変わらず忙しそうです。
  この間は撮影直前にテヘランのデジタル映画祭にゲストで
  行ってしまい音信不通になって不安でした。

95% shooting of our project is finished just I need a snow scene in Kabul.
  季節のコントラストで雪が降ることを祈りますと今夏、話し合いました。

As you requested:
  2日前にメールでカブール他にある映画館の数を聞きました。

7 cinema theaters are active in Kabul and 3 cinemas are active in the provinces.
  カブールには7つ、地方に3つ稼働。

Private companies make about 10 feature film with Digital system
on 35mm just 1 or 2.
  独立採算性の映画制作会社が年間に2時間クラスのハイビジョン映画を10本
  35ミリフィルムのを1〜2本ということだと思います。
  デジタルの効用で本数が増えたようです(本国のみでまかなえる)。
  フィルムで撮った場合は隣国イランのテヘランで現像することが多いです。

About 100 movies imported each year in Kabul.
  年間、国外から100本の映画が入ってくるそうです。
  略〜。
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by hugmachine | 2007-10-31 00:26 | アフガン雑記帳
ある女優からのメール
アフガニスタンのSabaさんという女優が、アフガニスタンで女性で初めて自分の映画制作会社を作り、その案内と活動報告が来ました。女優であること自体、社会的にもまだまだ大変だと思いますが、彼女の国に対するビジョンと思いが伝わるメール(抜粋)です。4年前に子供の誘拐の映画を作っていると話されていましたが完成したようです。カブールに滞在しているときはそういう事件の話は毎日のように新聞に出ていました。このように独立採算性の映画の制作会社もたくさんできています。民放のテレビ局はカブールに8社で、認可待ちが20社あるそうです。
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Saba sahar president of Saba Film
Web: www.sabafilm.org

単語の誤植はあっても、メッセージは遙かにそれを凌駕するのが分かりました。
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by hugmachine | 2007-10-30 07:20 | アフガン雑記帳
新しい映画館
今日、ある撮影を終えて、いま自分の新作の映画の最終仕上げをしている状況(プレスリリースは11月中旬頃だと思います)で事務所で編集中ですが、HDのためレンダリング待ち(映像加工に要する時間)が相当あり、その時間を使ってアップします。これはカブールにあるフランス資本の映画館で、日本より先にリュック・ベッソン製作の新作が公開されていました。アフガンの監督の悩みは、自国をテーマにした映画を作っても内容がシビアな世界を描くので客がこないということにあります。一番人気は歌って踊るインド映画です。文盲率という問題もあり、ラティフ監督は字幕も難しいところだと語っていました。吹き替えには費用対効果が望めないので、見て楽しめる映画ということになるようです。


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by hugmachine | 2007-10-29 17:28 | アフガン雑記帳
崩壊した映画館
内戦で崩壊したカブール市内の映画館(2004年)です。1989年、旧ソ連軍撤退のあと国土は荒廃し、反ソ連ゲリラであるムジャヒディンと政府軍の間で内戦が始まりました。1994年、内戦のさなかタリバンが登場します。2001年9.11事件の後にアメリカのアフガン空爆が始まりタリバン政権は崩壊し、カルザイ暫定政権が発足します。


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by hugmachine | 2007-10-29 08:26 | アフガン雑記帳
AFGHAN FILMと韓国資本の映画
アフガニスタン最大の撮影所が、カブールの市内にあるアフガンフィルムです。ここには監督をはじめ多くの技術者が所属していますが、それぞれが自分の事務所を持ち活動しています。所長でもあるラティフ監督はアリアナフィルム、カンヌで2003年にカメラドールをとったセディク・バルマク監督はバルマクフィルムというように、フレキシブルな体制を取っていると共に、各人が一人一人自分の作品には責任をもつというクリエイターのリスク管理がなされています。いわゆる「商業映画で自分が撮りたい作品を自分のリスクで実現する」という基本的な姿勢がそこにはあります。
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20年以上も続いた長い紛争の中で、クリエイターには国外に逃れた人もいれば、国内にとどまり命を失った人たちもいます。アフガンでの監督たちはモスクワ大学に留学した人も多く、クロサワ、ミゾグチ、オヅは共通ワードでした。

昨今バルマク監督は、いま麻薬問題で揺れるアフガンの現状をふまえ、韓国資本で「アヘン戦争」という大作映画を撮り、来年はラティフ監督が「SITARA」という同じ資本の映画を撮ります。10年前のアジア通貨危機に陥り、IMFが国の経済に介入し、国の施策として文化を武器に映画大国になった韓国は、もはや隣国に目を向けずにフランス同様、中東の「映画的資源」、そして映画を一過性の叙情だけではなく、「叙事詩」として描ける才能に目を向けているのが実情です。そしてそれを世界基準でプロデュースできる才能がたくさんいます。
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by hugmachine | 2007-10-28 09:25 | アフガン雑記帳
「KABUL TRIANGLE」
2003年カブール渡航の際、アフガンフィルムでは、娯楽を禁止したタリバンによって撮影機材が破壊され、カンヌの常連のイランの監督のマフバルバフ氏(Mohsen Makhmalbaf)から支援を得たSONYのPD150という小さなカメラが1台のみありました。
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帰国前にカブール大学の芸術学部に行って映像学の講義を見せてもらい、映画学は学ぶことができますが、撮影という一番大切な実習がないことを知り、協働プロジェクトのドキュメントオムニバスを機器を供与して撮影してもらうことを申し出ました。その後、3度渡航し編集のインフラがないので日本に監督の一人のラドマニッシュ氏(カブール大学講師)を招聘し、天理大学の協力で一ヶ月編集、音楽を制作して完成させたのが掲題の映画「KABUL TRIANGLE」(渋谷UPLINK等で公開・DVD発売中)です。当時の様子の取材記事はココをクリックしてください。その芸術学部に私を案内してくれたのが、ラティフ監督でした。下の写真は映画よりの抜粋のスチールです。
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by hugmachine | 2007-10-28 01:18 | アフガン雑記帳
ことの発端
2003年、アフガニスタンに渡航しました。当初考えていた映画関係者の養成も意識した商業映画「MILK」の製作のアフガンにおけるインフラを見るためで、カメラを持って行きその映画のデモリールを作りました。表現は良くないですが、ある意味支援慣れしている彼らは一見さんを極端に敬遠します。支援の目的、波及効果が見えないと相手にしくれません。実は私の父でもある井上昭夫(天理大学教授)が昔からアフガン難民支援をしていて、その30年の蓄積を得た上での人脈を辿って可能になった渡航と撮影でした。
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出演者を捜していたところ宿泊先のカラワンサラというゲストハウス(民宿のようなもの)の女性オーナーが孤児院を自費で経営していると聞き、そこにいたある女の子(仮名・ザラ)に頼んで、そのデモリールに主演の女の子MILKとして出演してもらいました。ザラも孤児で、心臓手術のためそのオーナーが資金を捻出しUAEで治療していました。
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現在はアメリカに養子縁組みができ渡米したようです。デモの撮影をする前に同じ孤児院の女の子に髪の毛に水をなでつけてもらい整えていて、目があったら恥ずかしそうにうつむいたのを思い出します。この映画「MILK」では、主人公のMILKは父を内戦で亡くしています。母子家庭という設定ですが、母親役は出演交渉が難航しました。やはり文化的風土の問題で女性は写るという行為に対してポジティブにはなれないのです。ある外交官の娘でアメリカから留学して帰ってきた女性に出てもらいました。その母が思いを寄せる男にカブール大学芸術学部の学生、弟役は同じ孤児院の男の子に演じてもらいました。もう4年も経って内容は違いますが、その映画「MILK」の着地点がこの合作になっています。プロデュースの村山達哉氏とは、コマーシャルの仕事で縁ができ、それが本映画の製作母体のNPOクロスアーツ設立につながり、大沢伸一氏という国境を越えたメジャーなアーティストも加わり、来年公開として足かけ4年、小規模ながら日本とアフガニスタンのアーティストたちのそれぞれの「ビジョン」がある面白い作品作りが進行しています。渡航前には現在、中国・韓国との地に足の着いた映画交流に欠かせないキーパーソンでもある映画プロデューサーの古澤敏文氏に合作プロデュースの陥穽と海外での映画撮影のリスクヘッジについての教示を請いました。
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by hugmachine | 2007-10-27 09:09 | アフガン雑記帳
メーキングスチール#5
下、最上段の写真、ラティフ組が民放テレビに取材されています。また、女の子が出演していますが、ラティフ監督の秘蔵っ子のようです。2,3年前までは女性が映画に出ること自体がかなり難しい状況でした。たいていは、インド映画の女優を連れてきて撮影が行われていました。数年にして、映画のキャスティングを通してもアフガンの環境、映画に対する認識が激変してきているなと思います。


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by hugmachine | 2007-10-26 09:04 | 映画スチール
メーキングスチール#4
この写真の一連から、昨日メールで届いた最新のスチールです。


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by hugmachine | 2007-10-26 00:28 | 映画スチール
メーキングスチール#3
崩壊した家、そしてブドウが大切な物語のキービジュアルに。右上から3枚目、撮影助手が持っている銀レフはアフガンにはなく、今年の7月に秋葉原で100円でも安いモノをということでラティフ監督と一緒に歩いて機器類を探して購入したもののなかの一つです。機器類のハードケースも、雨の中ばてました。


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by hugmachine | 2007-10-25 22:04 | 映画スチール