ことの発端
2003年、アフガニスタンに渡航しました。当初考えていた映画関係者の養成も意識した商業映画「MILK」の製作のアフガンにおけるインフラを見るためで、カメラを持って行きその映画のデモリールを作りました。表現は良くないですが、ある意味支援慣れしている彼らは一見さんを極端に敬遠します。支援の目的、波及効果が見えないと相手にしくれません。実は私の父でもある井上昭夫(天理大学教授)が昔からアフガン難民支援をしていて、その30年の蓄積を得た上での人脈を辿って可能になった渡航と撮影でした。
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出演者を捜していたところ宿泊先のカラワンサラというゲストハウス(民宿のようなもの)の女性オーナーが孤児院を自費で経営していると聞き、そこにいたある女の子(仮名・ザラ)に頼んで、そのデモリールに主演の女の子MILKとして出演してもらいました。ザラも孤児で、心臓手術のためそのオーナーが資金を捻出しUAEで治療していました。
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現在はアメリカに養子縁組みができ渡米したようです。デモの撮影をする前に同じ孤児院の女の子に髪の毛に水をなでつけてもらい整えていて、目があったら恥ずかしそうにうつむいたのを思い出します。この映画「MILK」では、主人公のMILKは父を内戦で亡くしています。母子家庭という設定ですが、母親役は出演交渉が難航しました。やはり文化的風土の問題で女性は写るという行為に対してポジティブにはなれないのです。ある外交官の娘でアメリカから留学して帰ってきた女性に出てもらいました。その母が思いを寄せる男にカブール大学芸術学部の学生、弟役は同じ孤児院の男の子に演じてもらいました。もう4年も経って内容は違いますが、その映画「MILK」の着地点がこの合作になっています。プロデュースの村山達哉氏とは、コマーシャルの仕事で縁ができ、それが本映画の製作母体のNPOクロスアーツ設立につながり、大沢伸一氏という国境を越えたメジャーなアーティストも加わり、来年公開として足かけ4年、小規模ながら日本とアフガニスタンのアーティストたちのそれぞれの「ビジョン」がある面白い作品作りが進行しています。渡航前には現在、中国・韓国との地に足の着いた映画交流に欠かせないキーパーソンでもある映画プロデューサーの古澤敏文氏に合作プロデュースの陥穽と海外での映画撮影のリスクヘッジについての教示を請いました。
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by hugmachine | 2007-10-27 09:09 | アフガン雑記帳
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